ビスタワークス研究所の志事(4) 文・大原 光秦

 ある会社の2年次営業スタッフ研修を行っていたときの出来事です。受講者は日本全国から集まった男女約60名。日程は2泊3日で、私が担当したのは2日目と3日目。いつものように、数人でグループを作り、対話しながら理解を深めていくスタイルで研修を開始しました。始めに必ず「グループに貢献すること」を考えていただきます。「貢献」とは?から考え、話し合うわけですが、その時ですら腕組みをしてふんぞり返っている人。ただただボーッと座り続けている人。「夏は暑い」レベルのどうでもいいことを、やたらと大きな声で話す人。茶化してばかりの人。様々なヒトがいます。それぞれには悪意など毛頭ないのですが、そうした無意識の三流態度=「クセ」が人間関係づくりの妨げとなり、人生を深める機会を失いながら生きている現実。こうした場面での人間同士の向き合い方が、彼らの幸先を暗示していると言っても過言ではないのですが・・・。ともあれ、最近は「人生の質」への感度が高くなってきている様子で、そんな警句を暗示するだけでさっと場の雰囲気が変わることが実感されます。この研修の時も、見違えるほどに話し合いに臨む態度が改善され、互いに深く向き合っている様子でした。しかし、このあと実に興味深い現象を目の当たりにすることになったのです。

 模造紙に考えをまとめるという課題を出して5分ほど会場を離れ、戻ってみると実に不思議な光景が目の前に…。なんと、10グループ(6人ずつ)に分かれて話し合っていた全員が、席から立ち上がり、テーブルの上に置いた模造紙をのぞき込みながら話し合っているのです。さすがに立ち話は手持ちぶさたらしく、手を後ろに組んだり、前で組み合わせたり…いかにも不自然な立ち姿。(どうした?どうした?)と不審に思い、会場にいた事務局の方に「立ってやるように指導したんですか?」と問うてみると「いいえ」という答え。目撃証言によると、あるグループが模造紙にまとめ始めた時に、描く人に合わせて2人ほどが席から立ちあがって話し合い始めたらしく、残された3人もそれを見てずるずると立ち始めたとのこと。するとその様子が他のグループに影響して、波紋が広がるように全体に拡散したのだとか・・・。思い出したのが宮崎県幸島のニホンザル。餌付けのために投げられたイモを、若いサルが海水に浸して泥を洗ってから食べるようになったら、同年代の若ザルたちがそれを真似始め、年代を遡りながら次々に広がっていったという話。ちなみに、若ザル メスザル 青年オスザルの順で変化に適応し、もっともガンコだったのが中年のオスザルだったとか。

 まだ話は続きます。その夜は研修生の懇親を兼ねた食事会でした。まだまだ酒のたしなみ方を知らない者が多く、昼間には見せなかった品のない振る舞いが散見され始めた頃、宴もたけなわというところで中締めの挨拶のアナウンス。事務局長がマイクの前に立ったその時です。思いも寄らぬ事態が…「ナーカッムラッ(著者注:中村という仮名です)♪ナーカッムラッ♪」と、研修生達が手を打ちながら事務局長の名を連呼し、囃し始めたのです。(これは…)と思い、周囲を見回すと、研修生の全員が手を打っているではありませんか・・・。さらに驚いたことに、名を呼ばれている事務局長もスタッフたちもまんざらでもない表情…(どうなっちゅうがな…)。


 1975年に「日本の自殺」と題し発表された論文では、世界文明の崩壊には5つほどの共通点があると指摘され、話題となりました。

文明は外敵や天災によってではなく、内部崩壊によって滅びた。
1.幸福を物や金だけではかる
2.エゴを自制できなくなった国民
3.自分の問題を自力で解決しない国民
4.若者におもねる年長者
5.政治家やエリートの大衆迎合主義

 察しのいい方はおわかりの通り、企業の倒産にもまったく同じことが言えます。家庭崩壊も然りですし、1番の「物や金」というところを「成績」に置き換えると、学級崩壊にもなぞらえて考えることができます。中でも4番あたりは全国を回っていて実に気になるところ。まさしく愚民政治。この時の研修会では、まさしく内部崩壊の兆しを見た気がしたのです。
 今回の研修生は25歳前後。バブル崩壊から一気に景気減速し、オウムやサカキバラ何某の事件や陰湿なイジメに象徴される社会不安のただ中を生きた世代。ナンバーワンよりオンリーワンがいいなどと実力のないオジサンの言い訳を聞きながら、未来の描けないテレビ番組を相手に食事をすまし、一番の教育者はワンピースとドラゴンボールにインターネット。切り離されていることに不安を覚え、フェイスブックやツイッターで「絆」を補ってきた子どもたちです。水の如く、右へ左へと流れ流れて然るべしでしょう。そうやって流れに抗わず生きる姿は日本人の基本的な特質ですが、志なり美学が共有されていなければ、衆愚と化します。

人間は逆境では優れているが、安全と富を手に入れると、惨めな目的を失った生き物となりがちである
(デニス・ガボール)

「(凡人も)三人寄れば文殊の知恵」となるのが本来の姿。今の時代、凡人が3人集まると集団バカとなります。危機意識に乏しく日和見的で、記憶の中からしか考えを引き出せない。悪事こそしでかさないが人の役にも立たない消極的利己。

「弱さ」と「悪」と「愚かさ」とは、互いに関連している。けだし弱さとは、一種の悪であって、弱き善人では駄目である。また智慧の透徹していない人間は結局は弱い
(森信三)

 流され生きる性ならば、善の流れを創ればよし。場の創造に強く生きて参りましょう。