第一回:即戦力からポテンシャルへ
全国公立学校教頭会学校運営誌『夢を語ろう』寄稿[文:大原 光秦]
昭和から平成に変わった年、私は、生まれ故郷である高知県のネッツトヨタ南国に就職を決めた。バブルと言われた時代、都会から田舎に戻り、就職先として人気のなかったカーディーラーに入るという決断は、私を知る周囲の目には奇異に映ったようである。その会社は、私を採用担当に任じた。「営業職は務まりそうにない」と判断されたかとも思ったが、社長は「採用活動こそが企業の要だからだ」と語った。事実、私が就職を決めた年まで社長自身が採用担当者として学生との面談を行っていた。その仕事を任せてもらえる。私は「ぜひやらせてください」と答えた。この会社のそんな破天荒さは私にとって大きな魅力だった。 以来4半世紀。採用、教育の現場で経験を積み重ね、今日に至っている。現在も同社に役員として在籍しつつ、2010年に「ビスタワークス研究所」を創業した。その価値観(経営理念)は、「子どもの、子どもの、その子ども達に輝く日本を遺す」である。その代表として連日日本各地に赴き、人間教育、組織開発のお手伝いをさせていただいている。
即戦力からポテンシャルへ~企業が求める能力の変化
この4半世紀で日本の社会・経済は大きく変容した。それにともなって企業等が求める人材要件も大きく変化した。昨年末、労働政策研究・研修機構が興味深いレポートを発表している。
~本調査では、若年者(15~34 歳)の新規採用に当たり求める能力・資質にも、大きな変化がみられることを報告した。(中略)具体的にどのような資質を重視して選別しているかについては、過去から現在で、全22 要素のうち減少したのは「最終学歴」(マイナス3.3 ㌽)や「従順性」(マイナス3.0 ㌽)、「学業成績」(マイナス2.9 ㌽)など4 つにとどまることを報告した。反面、「コミュニケーション能力」(プラス14.3 ㌽)をはじめ、「積極性、チャレンジ精神、行動力」(プラス10.1 ㌽)、「仕事に対する熱意・意欲、向上心」(プラス8.7 ㌽)、「創造性、発想力、提案力」(プラス8.4 ㌽)など、16 の要素で軒並み重視度合いが高まっている。(中略)若年者の新規採用に当たっては、過去より現在の方が、より多くの能力・資質を求めるようになるともに、その内容についても組織に馴染むための力や、仕事に対する積極的な姿勢といった、ポテンシャルをより重視する方向へ、大きな組み換えが行われつつあることが分かる。(下線は筆者)
下線の通り、近年は「人間力」と称される能力への関心が高まっており、将来的な活躍が見込めるポテンシャルを求める企業の姿を確認することができる。高知県内のかつての高卒者採用では、学校推薦があれば選考せずに内定を出す企業も珍しくなかった。が、そんな時代は終わったのだ。ビスタワークス研究所でもその時代の到来は早くから予見しており、企業の新卒採用選考が、専門力から人間力にシフトしていくであろうことを考えた。そうなると、漠然とした高校生の就労意識では高知県に就労できなくなる。そこで、10年以上前から様々な取り組みを県下で展開してきた。
- 中高生の職場体験を促進するホームページ「まなともネット」の開設
- 大学・専門生のインターンシップを支援する「まなともカレッジ」の開設
- 高校生の職場体験報告書「高知流まなびのすすめ」の制作
- 大学生のインターンシップ報告書「トサキャリ~土佐で育むキャリア~」の制作
- 小学校での職業原体験授業の実施(5校程度/年)
- 中学、高校での職業講話、キャリア授業の実施(15校程度/年)
- 中高生の職場体験受け入れ(50名程度/年)
- 中高生の職場体験や職業講話の企業斡旋
- 大学・専門生のインターンシップ受け入れ(20名程度/年)
- 大学・専門生のためのインターンシップセミナーの開催(3回/年・動員数約700名)
- 企業の人事採用担当者、学校教職員向け学習会の開催(8回/年・動員数約200名)
活動はすべて非営利であるため、人件費をはじめとする経費が馬鹿にならず、当初は国の助成金で活動を進めることを検討した。しかし、一時的な助成金では活動を持続させることができないため、弊所が費用負担して自主自立で運営できるような組織づくりを進めた。キャリア支援活動単独で採算を合わせるのではなく、県外組織向けの人材育成支援で得た収入を非営利活動の原資に回すという体制を確立させ、一切の寄付金や協賛費、会費を申し受けず、なんとか運営している。
その中で大きな支えとなっているのが、他社で経営や人事採用業務に携わる同志の存在だ。意外に思われるかもしれないが、子ども達の未来づくりへの関心は学校教職員に限ったものではない。高知では、日頃経済活動に勤しむ企業の有志たちが、手弁当、休み返上でセミナー運営や取材の協力をしてくださっている。有能な人材の不足が叫ばれる現代、世間一般ではさながら「ヒト取り合戦」の様相。採用担当者たちは人材を奪い合っている図式に思われるが、商売同様、目先の利益に捕らわれると本質を見失う。自社のメリットデメリットに拘泥せず価値観を共有し、夢と志を胸に皆の力で一つ事を成す。その姿こそが、「働くことの本質」を子どもたちに強くメッセージしているものと確信している。