第一回:人材育成についての雑感

人が輝く日本流経営〜経営品質の視点から〜[文:大原 光秦]

私は1989年にトヨタビスタ高知(現在のネッツトヨタ南国:以下ネッツ南国)に入社した。北は四国山地、東西南は海に囲まれる日本の極地、高知県。少子高齢化、人口流出など、すでに社会問題が深刻化しつつあった。ほどなくバブルがはじけ、消費税導入。日本経済に急ブレーキがかかり、自動車販売業界は急激に冷え込んだ。浮かれた時代に編み出された経営改善の処方箋では問題解決は図れないと思案していた頃、日本経営品質賞(以下JQA)を知る。「社員重視、顧客本位、社会調和、独自能力」。掲げられたこの4つの理念を見て沈思黙考し、イメージした世界。それは、江戸~明治の時代、多くの欧米有識者が日本に長期滞在し、残した記録の数々だった。

W・G・ディクソン、L・ド・ボーヴォワール、ラフカディオ・ハーン、タウンゼント・ハリス、エドワード・S・モース、イザベラ・バード、ラザフォード・オールコック・・・それぞれの記録には、町や農漁村での人々の暮らしが臨場感いっぱいに描かれている。誰からの指示も受けず能動的に働く男たち。何よりも子どもを守り、出来ることに専念する女たち。それぞれの表情は晴れやかで活力に満ち、互いに声をかけ、励まし合い、高め合う関係。信頼に満ち、健康的な仕事ぶりは子どもたちから年配者にまで反映し、貧しく質素ながらも極めて礼儀正しく、たしかな幸福が伝播されていく社会。

「こんな時代である」「高知県に所在する」「自動車販売業界である」といった外部要因は無条件に引き受けながら、共通善を問い、今できることは何かを考え、対話し、働き、生きる。やがて、「やりがいのある職場、考える社員による高いお客様満足」が評価され、2002年にJQAを受賞した。

「全従業員を人生の勝利者に」。ネッツ南国では、従業員の人間的成長を経営の目的としている。「人間」が育まれる場、機会の提供が、同社の存続価値である。その意味で、ジンザイイクセイとは人「財」育成。「ヒト」を「モノ、カネ」と並列の経営資源として扱う人「材」育成とは前提が異なる。余談ながら、2002年以降のJQA受賞企業報告会の分科会で、幾度となく「ジンザイイクセイをどうやっているのか」と質問され、辟易したことが懐かしい。誤解されることを承知の上、回答を遠慮申し上げる場面が幾度かあった。自社の経営の大前提を棚上げして方法論に時間を費やすのは無駄。当事者同士の時間であればまだしも、会場で同じ時を共有している方々に対し、いかがなものか、ということである。

そんな風に、せいぜい個人の力量ながらも影響を及ぼし得る範囲を鑑みつつ、共通善に生きるわけであるが、利害が複雑に絡んだ関係性ではなかなかに難易度が高かろう。ともあれ難局に立った現代日本。人財育成については真剣にならざるを得ない。この国はかつて、諸国の尊敬に足る民族、日本人を育んだ。資源が乏しく貧しかったからこそ、和を尊び、協働を進める能力を獲得した。次回以降、その縮図とも言えそうな小さな取り組みをいくつかご紹介できれば、と考えている。