ビスタワークス研究所の志事(3) 文・大原 光秦

 平成25年の幕が上がりました。皆さんはどのような年をお迎えになりましたでしょうか。ビスタワークス研究所は1月4日が仕事初め。年始早々、所員それぞれの年末年始を発表してもらいました。全員が既婚者ということもあってか、例外なく家族団欒の年越し物語。それぞれの話に耳を傾けつつ、ひとり思いを馳せるのは明日のこと、未来のこと。よかったねぇという気分もそこそこに、「まだまだ!」と焦燥感に自らを追い込む私。今回はそんな「危機意識」について考えてみます。

 上述したとおり、私は生まれてこの方、ゆったりと充実感や幸福感に浸った覚えがありません。ゴルフのような趣味は持たず、グランドキャニオンを観ようが、三ツ星レストランで食事をしようが、大袈裟に感動することも酔い痴れることもない。むしろ「あんたが食べたほうが美味しいろうき食べや」と差し出してしまう。家内は旅に出ると必ずマッサージさんを呼ぶのですが、いまだ私は一度も頼んだことがなく、「俺はえいき上等のメニューをやってもらいや」となる。美容院も不得手なので、通う頻度が少なくなるようにスタイリストさんにお願いして後はお任せ。いつも若干長髪なのはそのせいです。美談でも自慢でもなく、誰かに自分の世話をしてもらうことに、喜びよりも申し訳ない気持ち、恥ずかしい気持ちが勝ってしまうのです。

 こう書くと何の楽しみもない人間みたいですが、本人はそれでぼっちり(丁度いい)。趣味を持てば時間を取られて不自由だし、おもてなしを受けると逆に気疲れして骨休めにならない・・・、まるで共感を得られない話になってきました。どうでもよさそうな自己分析なのですが、それが私らしさの源であり、案外大事なところではないかと考えていますので、もう少し続けます。

 単純に言うと、極端な凝り性で自意識過剰。ひとたび何かに意識が向くと適当なところで妥協できない。誰かと関わると、いい自分を演じて何かの価値を提供しないと気が済まない。そしてこの2つの気質が同時に発動すると、役者のように人が期待する脚本に生きることになってしまいます。現在のように志事をしている状態がもっとも理想的な自分で、存分に個性を生かして働くことができる。よく「働き詰めで大変ですね」と言われますが、自分らしく精一杯に生き、働くことが家族や所員、お客様に価値を届けることに繋がっており、それはそれで最幸の状態で、ストレスなどまったくたまらない。冗談ではなく、志事がストレス解消となっているようなものです。その良し悪しは別として、どのような経緯でそのような人格が形成されたのかということについても私見を述べてみたいのですが、紙幅の都合がありますので、それはまたあらためて。ともあれ「やらないかん」という危機意識が動機の源泉として重要であることをここでは確認しておきたいと思います。


 人間、とりわけ日本人は不安心理が動機となって能力発揮することが多いと私は考えています。能力発揮ややる気、モチベーションなどというと、すぐに「明るい未来を夢見て」とか「輝かしい勝利を想像して」などのプラス思考が注目されがちですが、その本質は、「現状のままではその結果が手に入らない」というマイナス状態の現実を透徹して見通し、努力過程を選択するのではないのでしょうか。不安心理が作用しなければ、何の挑戦も始まらないのではないか、と考えているのです。

 よく知られている心理学者マズローの自己実現理論を参考にしてみましょう。自己実現理論は欲求階層説ともいい、人間の欲求を5つに分類して考察したものです。欲求とは未実現の事象への不安感が種となって生じる心理・・・すなわち、生存欲求は死の恐怖感によって生じ、安全欲求は明日の心配が基点。帰属欲求は居場所がないことへの不安、承認欲求は他者から認められない無力感や自分自身への肯定感が欠如する葛藤から生じる、とするのは飛躍した考え方でしょうか。少し難しくなるのが自己実現欲求。マズローは、すべての行動の動機がこの欲求に帰結されると述べています。要するに、それまでの4つの欲求がすべて満たされると必然的に自己実現欲求へと導かれるということだと思いますが、現実社会ではそうでもないことが多いもの。物質的な豊かさが実現した現代では。安全欲求や帰属欲求、承認欲求の充足で満足し、足踏みしていることの方がむしろ一般的なのではないでしょうか。

 さらには、生存や安全の欲求が未充足ながらも、無意味に生きること、生命が尽きた後に忘却されることに強い危機意識を持ち、存在した証を残すために自己実現の実践を始めることがあります。たとえば・・・東日本大震災直後の被災地がそうでした(※安易に持ち出すべき話題ではないので付言しますが、私自身が当地にいて被災した体験に基づきます)。また歴史を辿れば、大東亜戦争末期の特別攻撃隊員(特攻隊)達についても同種の心理であったことが伺える史料が数多く遺されています。

 日本人の底力を引き出す不安感情。恐怖感や心配、不安心理を煽り、人を操作的に動かそうとする愚かな輩が後を絶ちません。昨今、槍玉に挙げられてる体罰問題など典型的な事例です。この国で上に立つ者には、上質の危機意識を共有させ、強い絆、連帯感を生み出すべく、人の道を示す志と教養が求められます。貴社ではそうした幹部の育成にどのような尽力をしておられるでしょうか。